雪をつつく鳥たちに学んだ、「行動」の真理。ただ待つことは死と同義であるということ
今朝の通勤途中、ふと足元に目を向けると、数羽のハトとスズメが必死に雪をつついていました。
辺りは一面の銀世界。気温は氷点下。
彼らがついている地面に、果たして餌があるのかどうかは分かりません。もしかしたら、ただ冷たい雪を口にしているだけかもしれない。
しかし、その光景を見て、私は思わず足を止めてしまいました。

雪をつつく鳥たち
確証がなくても、動かなければ終わる
彼らの行動を冷笑的に見れば、「効率が悪い」と言えるかもしれません。
もし雪の下に何もなければ、彼らは無駄に体力を消耗し、凍え死ぬリスクを高めるだけです。
ですが、彼らには「動かない」という選択肢は存在しません。
餌があるか確信が持てなくても、つつかなければ何も手に入らない。
つつかなければ、待っているのは「緩やかな死」だけだからです。
この光景は、私の胸に深く刺さりました。
私たちの「日常」に置き換えてみる
翻って、自分はどうだろうか。
「これをやって意味があるのか?」
「失敗したら時間の無駄じゃないか?」
「もっと確実な方法が見つかってから動こう」
そんな言い訳を並べて、温かい部屋の中でじっとしていないだろうか。
変化を恐れ、リスクを避け、何もせずに現状を維持しようとすること。それは、厳しい冬の真っ只中で、羽を丸めて死を待つ鳥と同じではないだろうか。

行動と停滞のメタファー
「行動」だけが、凍りついた現状を打破する
鳥たちは、雪の下に何があるか分からなくても挑戦し続けます。
たとえ10回中9回が空振りでも、1回の成功が彼らの命を繋ぎます。
私たち人間も同じです。
新しいスキルを学ぶこと、新しい環境に飛び込むこと、あるいはずっと温めていたアイデアを実行に移すこと。
それらが全て成功する保証はありません。
しかし、「行動を起こさなければ、100%何も起きない」ということだけは確かな真理です。
ただ死(停滞)を待つのか。それとも、わずかな可能性を信じて雪をつつき続けるのか。
私は今日、あの鳥たちの姿を見て決めました。
結果が予測できなくても、まずは一歩、踏み出してみようと思います。
なぜなら、生きるとは「動き続けること」そのものだからです。
---
皆さんは今日、どんな「雪」をつつきましたか?
小さな一歩でもいい。積み重ねが、いつか春を連れてくると信じて。

