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知床のヒグマに教わった、僕らが今を生きるということ。将来への不安は「行動」でしか拭えない

知床のヒグマに教わった、僕らが今を生きるということ。将来への不安は「行動」でしか拭えない

先日、ジムでランニングマシンを回していた時のことです。

目の前のモニターに見慣れない景色が映し出されていました。


家にはテレビを置いていないので、NHKの『ダーウィンが来た!』を目にしたのは本当に久しぶり。

そこには、知床の厳しい自然の中で生きるヒグマの姿がありました。


ジムでの光景

ジムでの光景


環境に合わせて「ただ、生きる」彼らの覚悟


ジムの騒音で音声は全く聞こえませんでしたが、映像から伝わってくるメッセージは強烈でした。


エゾシカに本来の餌を食べられてしまい、今までとは違うものを食べざるを得なくなったクマ。

狩りをする場所を求めて、何キロも移動を続けるクマ。


彼らは「どうしてこんなに環境が変わってしまったんだ」と嘆くことも、「この先、餌が見つからなかったらどうしよう」と不安に震えることもありません。

ただ、目の前の状況に合わせて自分を変化させ、今この瞬間を精一杯生きている。


その姿を見ていて、以前書いた「雪をつつく鳥たち」の話を思い出しました。

彼らにとって、生きるとは「動き続けること」そのものなのです。


知床のヒグマ

知床のヒグマ


「将来への不安」に縛られる私たち人間


翻って、私たち人間(特に今の日本を生きる私たち)はどうでしょうか。


常に「将来」のことを考え、考えさせられています。

「老後のお金はどうするか」「この仕事はAIに取られないか」「もし失敗したらどうなるか」。


もちろん、将来に備えることは知性の一種かもしれません。

でも、そのせいで「目の前のことに一生懸命取り組めば幸せになれる」という、動物なら当たり前に持っている感覚が、現代では非常にレアケースになってしまっている気がします。


行動することだけが、自分を救う


ヒグマたちは、生まれてきた意味なんて考えないでしょう。

でも、彼らは間違いなく最高に「生きて」います。


現代の不安と自然の真理

現代の不安と自然の真理


私たちはうまく言葉にできない不安に襲われることがあります。

でも、そんな時こそ、あの知床のクマのように、目の前の「今」に対して全力で行動を起こすべきなんだと痛感しました。


将来のために「今」を犠牲にしすぎて、凍りついてしまっていないか。

まずは一歩、動いてみる。

その積み重ねの中にしか、本当の安心も幸せもないのかもしれません。


皆さんは今日、どんな「今」を生きましたか?


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一瞬一瞬を、精一杯。

知床の厳しい冬を生き抜く彼らのように、僕もまた、自分の道を一歩ずつ進んでいこうと思います。


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著者情報

トシぼう

トシぼう

東京でのサラリーマン生活を経て、2024年に北海道へ移住したアラフォー見習いエンジニア。 「技術×節約×資産形成」をテーマに、自由で豊かなライフスタイルを模索中。 テスターとして1年経験を積んだ後、開発現場(SES)に参画。Linux, Docker, Gitなどのモダンな開発フローをOJTで習得中です。 記事内容に誤りや古い情報があれば、随時修正していきますので、気になる点があればお気軽にコメントやお問い合わせから教えていただけると嬉しいです。

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